子供の頃からものを作ることが好きだった。
まだ幼かったある日、妹との共同の子供部屋で使っていた2段ベッドの柱を切り彫刻刀で木彫を試みた。人の形を彫ったのだが今思えば、トーテンポールのような変な民芸感があったなぁと懐かしく思う。ベッドの柱はそれでも数本あったので、そのあと木のスプーンを作ったり船を彫ったりして楽しんだ記憶がある。ベッドの脚はどんどん短くなったけれど...。小学生前半の創作活動である。
小学生の後半にはゲルマニウムラジオなるものと出会った。たぶん同世代の人や私よりも先輩の方々の中には聞き覚えのある方も多いと思う。ラジオの中でも構造的に最もシンプルなラジオ。イヤホンと同調器とゲルマニウムとコンデンサー、この四つの部品だけで出来あがるラジオのこと。これには夢中になったなぁ。自転車で一時間かけて何軒もの電気パーツ店に通っては部品を集めた。父親のハンダゴテを借りてパーツをつなぎ、上手い具合に組み上がってイヤホンから音楽が聞こえたときは感動的だった。それがはじまりで中学時代まで少しずつ難しい電気工作にハマっていった。父親と一緒に扇風機を作った夏もあったなぁ。
家具に目覚めたのは高校時代。正確には中学の中頃に電気工作よりも大掛かりな工作がしたくなり夏休みに祖父の家の庭に電動工具を借りてビニールハウスを作った事がきっかけだった。電動工具のパワーに感心し、これさえあれば、なんだって作れるような気がした。そんな電動工具に味をしめ、高校に入ると初めのうちは自分の部屋を便利にしたくて移動する本棚やちょっとした台なんかを作っていた。
高校生にもなるとちょっとだけ色気づいたりして、工作趣味の他にファッションに気を使ったりインテリアや音楽なんかにも自己主張がはっきりとしてくる。ここで出会ったのがインテリアデザインという世界。カッコいい空間に満たされ雰囲気のある音楽を聞き、コーヒーを飲み快適を極める。雑誌に出てくるインテリア空間はどれも洒落た雰囲気に飾られ魅力的に見えた。
そんな頃に全盛期だったものにサファーというスタイルがあった。デザイナーズブランドなるものが出始める前のことです。サファーズブランドと称し、ゴッデス、タウカン(タウンアンドカントリー)、オキドキ、ブラショ(ブラッドショアー)、オニール、アイパー、KIKI(ケーアイケーアイ)たくさんありました。それはさておき、そんなサーファーな雰囲気に憧れて、サーフボードのミニチュアを作って部屋に飾ったり、サーファーブランドのロゴの入ったキーホルダーなんかを吊るためのウォールボードを作ったり、サーファーインテリアの定番ゴムの木(観葉植物)をのせる白ペンキ塗りの折り畳み机を作ったり、部屋の大きなブラインドを分解して一枚づつバラバラにして全部を一列に並べてハワイの夕日のイラストを描いてまた組み立てて見たり。むちゃくちゃ作りまくっていた。友だちにも頼まれて同じものを作ったりもした。ちなみにこの頃の多くのサーファーファンの例に漏れず、現在に至ってもサーフィンは一度もしたことがないけどね。
その後も特に高い志しもなく、楽しいと思うものだけをつくってきた。私はものづくりの原点にいつもミーハーでどこか亜流なフィーリングを抱えている。美大でアカデミックなものも学び、その後も企業デザイナーの道を歩んではいるが、ものづくりの根本と考えは今も変わらない。大仰に何か新しい造形なるものを考え出し、ものの形の面白さだけをとやかく言うことよりも、もっと感覚的に今を楽しくしたり雰囲気のある生活をするための気軽な演出物を生み出す気持ちでものをつくりたい。私は、そう言うクリエーターなのだ。
2000.09.01-vol.03/nam